在学中にお世話になった先生、お世話にならなかったが(?)想い出深い先生の消息とメッセージをご紹介します。

未だ気になる先生のお名前と当時のエピソードやニックネームなどをお寄せ下さい。また、先生と一緒に写した写真や当時の写真などがあればお貸しください。

修正 1999/12/1


野村 正幸 先生(理科) 昭和42年4月1日〜53年3月31日在職、平成4年〜平成11年3月まで鳳鳴の在職、現在は大館桂高校に勤務されています。

野村正幸先生は、日本化学会の平成9年度(第15回)化学教育有功賞を受賞されています。以下、『化学と工業』誌(第51巻第3号)より簡単にその業績と内容をご紹介します。
化学教育有功賞
野村正幸 氏(秋田県立大館鳳鳴高等学校教諭) [業績]地域資源の化学教材への利用
 
野村氏は、昭和42年秋田大学学芸学部中高課程理科(化学専攻)を卒業後、同年4月から秋田県立大館鳳鳴高校、53年から大館工業高校、次いで鷹巣高校、大館桂高校を歴任し、平成4年から大館鳳鳴高校に勤務し現在に至っている。この間一貫して化(科)学部を指導した。身近な地域資源を対象としたクラブ活動の結果はまとめられて、「日化」誌、「化学と教育」誌等に報告された。
これらの成果は教材として工夫・改良され、実際の授業で用いられている。地域資源・環境が化学教育に果たす役割に注目して、化学的基礎を重視しながら教材開発する手法は堅実である。理工系分野への人材育成、日本化学会、地域研究会などで啓蒙的活動は化学教育の振興に大きく寄与したと評価される。
 
野村氏は天然ゼオライトなどの地域資源の高度有効利用法の検討、オルト、メタ、パラ異性体など基礎的有機化合物の構造と性質を分光学的手法で検討し、その得られた知見を積極的に化学教材として活用し、環境負荷の小さい安全な簡便実験法を開発した。また、日本化学会をはじめ学校、民間団体などの広範な化学教育啓蒙活動は注目に値する。よって、同氏の業績は日本化学会化学教育有功賞に値するものと認められた。

8月24日(月)午後、母校化学準備室でお話を伺ってきました。

昭和29年秋からそれまで「科学部」だったのが「化学部」や「地学部」に発展し来年で45周年。日程は未定だが、先ずは記念館に集まりたいと楽しみにしておられました。


現在の理科系クラブへの人気はいかがですか?
表向きは活発だが、生徒が以前より忙しくなっていて、時間的に余裕がないため、部活動自体(運動部も含めて)以前程ではない。やる気のある子は時間の合間を縫って活動している。しかし今年は1年生が1人しか入らなかった。それでも酸性雨の研究などは継続的に活発に行っていて、様々な賞をとっている。
      

最近の鳳鳴生は元気がないと言われますが…
精神的に余裕がないのでは。兎に角成績を良くしないといけないという強迫観念が、勉強の目的以前にあるのかも知れない。常に走りつづけなければ、という自転車操業的な考えを持っているようだ。

今の鳳鳴生は以前と気質が違いますか?
年代や社会的世相の違いにより、違いはあるが鳳鳴に限ったことではない。自分で何かできる世代と、自分からは何も出来ないマニュアル世代があり、最近はマニュアルで育ってきているので、急にマニュアル無しでやれ、といっても出来ない。学校では考えながらやるということを教育しているし、少数ではあるが、勝手にやる奴は文化部に限らずにやっているようだ。

想い出深い卒業生はいますか?
化学系で片寄ってしまうが、福岡君や隣の研究室の清野君などは優秀で、学会などでも声を掛ける。高校生の時に進学する目的は必要だが、「入ることだけ」を目標にすると、後がきつい。全国から同じような学力の生徒が集まってくるので、勉強しようと思って入学してくるのと、取り敢えず入った学生ではスタートからして違う。勉強というのは効率が問題なのであって、一日何時間やったからどうだというものではない。
     

鳳鳴の良さは何ですか?
学力競争からは逃れられないが、競争に埋没するようでは、鳳鳴の良さは出てこないだろう。良いものをもっている生徒はいるので、埋没してほしくない。鳳鳴は伝統的に後半追上型が多いというか、ゲームに負けているとは思わないが、スタートが弱く数字の上では見劣りしているので、その辺が心配だ。東大に大量に入る学校は意外に生徒が自分のペースでやっているのではないか。地方の学校は地域性もあるのか、入ることが目的になっている。やはり余裕がないと埋没してしまう。

では中高一貫教育は魅力的ですか?
地域性が都会的なら馴染むのではないか。親が何代にも渡って地域に根を下ろしている地域ではどうか。
学校教育ではむしろ、複線化の方が現実的ではないか。様々な人間がいる地域ではあちこちの道路から入ってこれるようなのが良く、そのシステムを整備するべきだ。
鳳鳴の場合も毎年就職する生徒が10数人いるが、そういう意志がある生徒でも進学中心の雰囲気では、生徒も教師もそういった話がしづらい。
就職相談ももちろんしているが、就職したらそれで終りというのではなく、その後も勉強したくなったら出来るようなシステムと、そういう事が出来るのだと教えておく事が必要だ。
今一番袋小路なのが国立高専だ。かつては技術者の短期養成コースだったが、現在では2〜3割が進学しているのではないか。商業高校でも進学が増えている。
受け入れる方(大学など)も単位の認定などで融通して欲しいし、そういう事ができるのだということを教えておかなければならない。鳳鳴から国立高専にも転校できるがそういった知識もない。また専門学校からも大学に編入できるシステムなどもあっても良いのではないか。

大学進学後の進路について悩んでいる卒業生に一言
どんな大学、分野であっても基本的なことが出来ていることに自信をもつべきだ。あとは必要に応じて足りないものを補えば良い。
いつまでも高校の時の偏差値の世界にいないでほしい。大学卒業も単に「大学を出た」ということだけであって、その後にやりたいことを如何にやるかではないか。
人生では学校と違って時間は自由に使える。大学は軽く出たという気持ちで別の大学に入り直してもいいだろうし、冒険に出かけてもいい。

野村先生、お忙しいところありがとうございました。

(インタビュー/文責:小棚木 政之)


今後取材予定の先生方
田村 富夫 先生(国語) 昭和28年4月1日〜46年4月1日、54年4月1日〜60年3月31日在職
佐藤 正憲 先生(音楽) 昭和48年4月1日〜55年3月31日在職