篠山鳳鳴訪問記/奈良岡 憲治(鳳鳴44期)

44期(理数科22期…理数科の方は皆さんこだわりがあるようで)の奈良岡さんが8月に篠山を訪れ、写真・資料・清酒鳳鳴を送って頂きましたのでご紹介します。なお文章は鳳鳴メーリングリストに公開されたものを編集しています。

篠山に行って来ました。もともと行く予定だった有馬に、急遽行く用事がなくなってしまったのですが、せっかくだからと篠山まで日帰りしてきました。羽田から伊丹までは近いのですが、そこから先は遠かったです。
市内の観光案内所で資料を集めて、一回りしましたが、個々の施設はあまりぱっとしませんでした。ただ、それらを複合的に結びつけた観光としては、大変整っていて面白かったです。江戸の町並みも、それ自体は面白くもないのですが、城から博物館へ行く道すがらに立地しているので、点の旅が線の旅に昇華したような味わいを持っていました。また、案内も充実しており、標識、観光案内所どれをとっても申し分ありませんでした。個別の観光拠点は、実はあまり見るべきものはないようですが、それをソフトで補っていたようで、とても面白い町だと思いました。
大正ロマン館
鳳鳴酒造前
篠山鳳鳴高校も行って来ました。町の中心部からちょっとはずれ、山近くなっていくところにありました。土曜日の午後だったのと、ちょうどテスト期間中だったのとで生徒はいませんでしたが、かわりにグラウンドで町内ソフトボール大会なんぞが開かれていました。校内には池や山があり、かなり広そうです。せっかく来たのだから、と写真をとっていましたら、不審がられたようで、先生(?)に声をかけられてしまいました。実は大館鳳鳴の卒業生で……、なんて話をすると、校内に連行され、終いにはとうとう校長室にまで連れて行かれる羽目になりました(^^)
篠山鳳鳴正門
120年誌
学校要覧
校長先生は河上さんという方で、大館鳳鳴のことをよくご存じの様子。今年の100周年にも篠山OBの代表と一緒に訪れたい、なんてお話をされました。遠路はるばるようこそ、などといわれてこちらが恐縮してしまう次第。面倒なことになったな^^)、なんて思いながら大館鳳鳴の話をします(MLで情報をしいれておいて助かった^^;;)。できれば生徒同士で交流させたい、部の交流試合をしてみたいと思っている、なんておっしゃってましたが、こちらは何の権限もないので、相づちを適当にうつばかり。適当に歓談し、学校要覧と篠山鳳鳴創立120年誌を頂戴した後、写真撮影の許可もいただいて(肖像権の関係から、生徒個人が識別できるのもは許可されませんでしたが、ホームページ等での公開は許可されました)校長室を辞すこととなったのでした。予想外のできごとで恐縮しながら、適当に写真をとってきました。特に、校内にたつ篠山鳳鳴のシンボル「鳳凰像」は見物でした。あちらの校長先生もおっしゃるように、篠山町も観光的には悪くない町ですので、いつか生徒同士の交流ができれば本当にいいものだな、と強く感じて帰ってきたのでした。OBの交流もさることながら、やはり現役世代の交わりが重要、と強調されておられたのが印象に残っています。また、篠山鳳鳴の方は、大館鳳鳴をよくご存じだったのが驚きでした。生徒もほとんど大館鳳鳴のことを知っているとか。わが大館鳳鳴の篠山鳳鳴に対する認識度とは雲泥の差がありそうです。
さて、篠山鳳鳴についての情報を少し。起源は明和3年(1766年)の藩校にあり、創立は明治9年の「私立篠山学舎」。その後、公立篠山中学校、私立鳳鳴義塾、私立尋常中学鳳鳴義塾、兵庫県立鳳鳴中学校、兵庫県立鳳鳴高等学校、兵庫県立篠山高等学校などと名をかえ、現在の兵庫県立篠山鳳鳴高等学校に至っています。生徒は3学年併せて934名、うち男子は441名。生徒の大半は進学する由。普通科8クラスのうちに、英語コースと理数コースが各1クラス。のこりの6クラスは、2年生進学時に文系と理系に別れるとのこと。概して大館鳳鳴と似たような境遇の学校という感じです。

鳳凰のモニュメント

篠山鳳鳴高校卒業生からのエール 2

大安さんに続き、篠山鳳鳴高校卒業生の桑形広司さんから100周年へのお祝メールを頂戴しましたので、全文掲載致します。
 
大館鳳鳴高校の卒業生の皆様、在校生の皆様
  
創立100周年おめでとうございます。併せてホームページの開設もおめでとうございます。兵庫県丹波篠山よりお慶び申し上げます。
私は兵庫県丹波篠山の住人、桑形広司と申します。
 
とても素晴らしいホームページに関心するやらうらやましいやら私の母校はどうしているんだろうと思ってしまいます。
我が篠山町のホームページを久しぶりに見たところ、関連ページに大館鳳鳴高校のホームページを「発見」いたしました。
貴校のホームページにメールを寄せておられる大安氏と同じく私も篠山鳳鳴高校の卒業生です。昭和48年3月に卒業いたしました。
  
貴校の御尊名はすでに高校在学中より存じておりました。
高校在学中アマチュア無線に夢中であった私は、ある時全国のアマチュア無線局の住所・所在地を記載した一冊の分厚い本(ちょうどNTTのハローページのようなものでした)をネットサーフィンならぬリーフサーフィン(leaf-surfing)しておりました。東北地方の団体局のページを見ていた時、「秋田県大館鳳鳴高校アマチュア無線クラブ」とあるではないですか。
なになに「大館鳳鳴!!!!!」「うそっー、ほんま??」
もう一度記述を確認、隣にいた同級生ともども「ほんまや!」と言い合った後、何か鬼の首でもとったかのように嬉々として
他の部員や同級生たちにこの事実をふれまわりました。なーんと同じ鳳鳴高校が遠く離れた秋田県にあったとは・・・.
思ってもみなかったこの事実にとても驚いたことを思い出しております。いまを去ること28年も前のことです。
ひょっとして皆様の中にも我が篠山鳳鳴高校の存在を知ってとても驚かれた方もたくさんおられるのではないかと思います。
   
私は京都市山科にあります京都薬科大学に勤務しているのですが、ある時守衛をされている福岡さんという方から「桑形さんは
篠山鳳鳴高校のご出身だそうですね」と突然声をかけられよくご存知だなーと驚いたのですが、さらに福岡さんが「実は私は秋田の大館鳳鳴の出身です」と言われ二度びっくり。こんな身近なところに大館鳳鳴高校の出身の方がおられたとは驚きました。貴校の出身者とお出会いするのははじめてでしたが、とても無関係とは思えない、一世代前の大先輩に出会ったような雰囲気でした。福岡さんは後から聞いた話では5期生だそうです。作家の阿部牧夫氏もなにか貴校の関係者だそうですね。
  
私の母校篠山鳳鳴高校は本年創立122周年を迎えた兵庫県下でも「老舗」の一つに数えられる高校であります。
一番有名な卒業生としてNHK「日本人の質問」にレギュラー出演しています落語家の桂文珍氏がいます。
彼は篠山町の名誉町民第1号です。
  
心理学者で、ユングの心理学を日本に紹介された京都大学の河合隼雄先生も我が郷土、篠山鳳鳴出身の有名人です。
  
それから意外と知られていないことですが、殿方の夜のお供(???)ゼリー付きのコンドームを考案したのは篠山鳳鳴出身の御仁です。山内昌と申します。山内氏の設立した会社は大阪にありますが、規模こそ小さいものの社名をお聞きいただければご存じの方も
相当おいでのはずです。また一度や二度といわず皆様方のお宅におうかがいしたことがあろうかと思っております???
大病をわずらい病院のベッドに伏せっている時に考案されたものだそうです。
(ちなみに山内氏は我が義理の叔父で、上記の河合先生の同級生であります)
  
100年の歴史を誇る大館鳳鳴高校と落語家からコンドーム考案者そして大学者と様々な人物を輩出した我が篠山鳳鳴高校ですが、ともに長い歴史を持ちながら過去に交流があった、あるいは現在あるとは聞いていません。残念なことです。同じ校名であるのもなにかの縁、今後学校ぐるみ、地域ぐるみの交流ができたら素晴らしいのではないかと思います。大館のみなさん一度
我が丹波篠山へお越しください。お待ちしています。とても長くなりました。
大館鳳鳴高校の創立110周年、120周年に向けて更なるご発展とご繁栄をお祈り申しあげます。
   
最後に薬学に関心のある大館鳳鳴高校の生徒の皆様、京都には創立114周年を誇る薬学界の老舗、京都薬科大学があります。皆様のお越しをお待ちしています。
   
桑形広司(京都薬科大学人文教室)
 
桑形さん、ありがとうございました。篠山鳳鳴高校、篠山市とも交流が深まることを願っております。

ネットサーフィンで見つけた”鳳鳴”/小棚木 政之(鳳鳴38期)

篠山鳳鳴高校のある兵庫県篠山町が4月から「篠山市」になりました。市制施行おめでとうございます!ドメインも変わってますので、ブックマークの変更を!
最近のネットサーフィンで見つけた”鳳鳴”をご紹介します。現在様々なサーチエンジンがありますが、キーワードに”鳳鳴”と入れると出るわ出るわ、100件近い情報が得られました。(但しAltaVistaのような海外のサーチエンジンでは”Homei ”で探すとエライ数になりますヨ。)
兵庫県篠山市関係のホームページが多く、篠山鳳鳴高校が単なる学校名でなく、地域の伝統から名付けられたものであることが解ります。また丹波篠山の銘酒”鳳鳴”関係のサイトも多かったです。清酒鳳鳴については篠山の”鳳鳴”の他、石川の朝陽見砂酒造という会社でも出しているらしいです。(この件は調査します)鳳鳴カントリークラブなんていうのもありました。わが大館鳳鳴高校の応援歌集にありながら歌われていない『デカンショ節』が篠山の民謡であったり、鳳鳴義塾跡(篠山城址)というものがあったりと、どっぷり鳳鳴に浸かれる(憑かれる?)丹波篠山、是非一度訪れてみたい町です。(皆さん疲れました?)
それから富山県高岡市に鳳鳴橋なる鳳凰が乗った橋があり、その施工業者のホームページに写真がありました。高岡市には”鳳鳴苑”という施設までありましたので、御地の”鳳鳴”も何か由縁があるのでしょうね。同じ日本海側では新潟県のホームページに三条市の飲食店情報として”スナック鳳鳴”というのがありました。東京・八重洲地下街の”鳳鳴春(ほうめいしゅん)”は単なる中華料理店(銀座5丁目に支店もあるので、単なるではないですね)ですが、スナックとは驚きです。怖い先輩が暴れていたりしそうで思わず敬遠してしまいそうです。外を歩いていると中から、「エ〜サッ、サ。」とか聞こえてきたりして^^;。
変わったところでは、山口県美祢郡美東町の”鳳鳴小学校”(賢そうです)、同じ山口県、徳山市の”鳳鳴館本店”、宮城県広瀬川上流の鳳鳴48滝。(作並温泉の近くにあり、わざわざ行ったことがありますが、夜行ったのでちょっと気味悪かったです。)岩手県湯田町湯川温泉の旅館(自炊部のみ)”鳳鳴館”。埼玉県両神村の山西省友好記念館の横の”鳳鳴館”。市立函館博物館所有のアイヌ画『熊狩図』『狩猟図』の作者は伊藤鳳鳴(生没年不詳)。アクセス出来なかったものの、中国人留学生の鳳鳴さん(名前が)のホームページというのもありました。
これら取材できたものはすぐ公開しますが、お近くにお住まいの方は取材をして、写真かバイナリーメールにて画像を送って頂ければ薄謝進呈致します。また皆さんが見つけた”鳳鳴”も随時募集しています。(青森市には大中という会社はありますが、募集は”鳳鳴”に限ります。)

篠山鳳鳴高校卒業生からエール

篠山鳳鳴高校卒業生の大安 喜一さんから下記のようなメールを頂戴しましたので、掲載致します。

創立100周年おめでとうございます。私は、鳳鳴高校を1978年に卒業しました。
とは言え、私は兵庫県立篠山鳳鳴(ささやまほうめい)高校の卒業です。現在、タイ国のユネスコ(国際連合教育科学文化機関)バンコク事務所に勤めており、日本の、故郷に関するホームページを検索していて大館鳳鳴のものを見つけました。「鳳鳴」と言う名に惹かれ、とても面白く、興味深く拝見しました。自分の母校にも同じようなものがあればいいなあと思った次第です。
当地は常夏で毎日30度を超す日々ですが、秋田ではもう冬本番でしょうね。皆さんのご健勝と益々のご発展をお祈りいたします。草々
大安 喜一

大安さん、ありがとうございました。

11月28日/その後、大安さんから再度お礼のメールが届きました。バンコクに来られる方にはお手伝い頂けるとのこと、本当にありがとうございました。


鳳鳴と美味の町「丹波篠山」訪問記/小棚木 政之(鳳鳴38期)

以前からご紹介していました、(念願の)兵庫県篠山町(平成11年4月から市制)を訪れましたのでご紹介します。
今回転職を期に1週間ばかり旅行をし、10月31日、中国自動車道〜舞鶴自動車道経由で兵庫県篠山(ささやま)町へ入りました。
先ずは情報収集のため、役場へ。篠山城跡のすぐ脇にある役場はまだ新しい建物で、いきなり玄関には「翔鳳」(三宅剣龍氏書)という大きな書が。この時から「鳳鳴」の町であることを実感した私は興奮を抑えつつ、職員の方から篠山鳳鳴高校の場所を教えて頂き、パンフレットを貰い町へ繰り出したのでした。

取り敢えず『鳳鳴義塾』のあった篠山城跡へ。篠山城は1609年徳川家康の命で実子松平康重が築城、現在は石垣と神社、井戸くらいしかありませんでしたが、昭和19年まで「大書院」なる大変大きな建物があったそうで、復元しようという運動を展開中でした。小さい城ながら、篠山一体に視界が開け往時を十分偲ばせるものでした。その後、昼食をとるために旧町役場の「大正ロマン館」へ。

観光案内所の他、レストラン、売店などがあり、大正時代の雰囲気を感じながらゆっくりできます。
篠山のうまいものは以前から知るところでしたが、鳳鳴ページが縁でちょくちょく篠山町の方からおいしいものの情報が入っており、「黒豆」「栗」が絶品とのこと、迷わずそれらが入っているものをオーダー。普通観光地のレストランの食事ってまずいものですが、篠山はさすが違いました。黒豆は食べた後にふわ〜と香りが広がり、豆ってこんなにうまいものだったのかと思わされます。そのほかのものも全ておいしく、作った方にチップでもと思ったのですが、その分お土産をたんまりと買い込みました。お土産は「黒豆」「栗」のセットの他、お目当ての「清酒鳳鳴」。原酒、純米、吟醸とありましたが、原酒だけは醸造用アルコールを混ぜてありちょっと残念。

その後、「清酒鳳鳴」の醸造元「鳳鳴酒造」へ。

役場を中心に城、大正ロマン館、鳳鳴酒造のある「デカンショ通り」など集中しているためとても歩きやすいです。(車は城の近くにおいて歩くか、自転車が良いでしょう)
「鳳鳴酒造」は最近まで「多紀酒造」でしたが、「鳳鳴」ブランドを社名にしたようです。規模は大きくありませんが、その分じっくり酒作りをしているのでは?と想像をかきたてます。蔵の前は売店もあり、お土産も買えます。
また向かいの生協へ行くと黒豆の収穫時期を示すポスターが張ってあり、何と!豆の品種までもが「鳳鳴」でした。

そして兵庫県立篠山鳳鳴高校へ。町の中心から少し離れますが、「鳳鳴義塾」の流れを汲む伝統校です。

正門から小高い丘に向かって少し歩くと校舎が見えます。校舎は割と新しく特別なものではありませんが、校庭のあちこちに碑が建っており、校名の由来を示すものなどがありました。
写真は撮れなかったものの、学生服の襟章は漢字でたてに「鳳鳴」と書かれてあり、いずれコレクションに…と思いました。また女子生徒の制服は何と大館鳳鳴のあのダサイものと殆ど同じ。

しかし制服が変わったようで下級生はブレザーを着ていました。エンブレムには「S.HOMEI」と書かれていました。

残念ながら突然の旅行のため表敬訪問はしませんでしたが、何となく大館鳳鳴にも似たものを感じる学校でした。
なお、篠山市に関することは市のホームページをご覧下さい。とにかく一度は行く価値のある町です。